色彩magic



幼稚園の頃、大好きな男の子がいました。
『むらさき君』と呼んでいました。
『むらさき君』は内気で、やさしくて、外で遊ぶより、お絵かきの方が好きな子でした。
私も積み木で遊んだりして、奪い合いになってしまうのが嫌だったので、お絵かきのほうが好きでした。
二人はよく一緒にお絵かきして遊びました。
二人とも他の男の子と遊ぶのは苦手でした。
二人とも気が弱くて泣き虫でした。

『むらさき君』とは別々の小学校になりました。
私はふとしたきっかけで『むらさき君』のことをよく思い出しました。
そのたびに『むらさき君』の本名が何だったのか、思い出そうとしても思い出せませんでした。

時は過ぎて、次第に『むらさき君』のことを思い出すことも少なくなっていきました。

二年前の高山祭りの日、私はある旧家の祭りに呼ばれました。
『大旦那』と呼ばれたその旧家の祭りの出席者は錚々たる顔ぶれで、私はいくぶん気後れしていました。
銀行の支店長、歯科医師会の理事、老舗料亭『S』の女将さん、世界的に有名な左官の『H』さん、美術館の館長、etc...
私は場違いなところに来てしまったことを後悔しました。
そんな様子を見かねたのか建築家の『Y』さんが、私に一番歳の近い出席者を紹介してくれました。
背の高い、健康的に日焼けした青年でした。
『はじめまして、◯◯◯◯です』と自己紹介する感じが、とても都会的な印象でした。
彼と早く打ち解けようと、下の名前で呼び合いながら、会話を交わすうち、私の脳裏をかすめるように閃いた微かな予感のようなものが、一瞬のうちに確信に変わりました。

『むらさき君!やな!?』

青年は少し戸惑ったようでしたが、にっこり微笑んで言いました。

『うん。覚えてるよ』


彼の名前『きみのり』を何度か口にするうちに『きみどり』という言葉が浮かんだのです。
そしてその瞬間、35年間眠っていた記憶が一気に目覚めたのでした。

私は幼い頃『きみどり』という色が好きだった。。。緑と黄を混ぜてできる新しい色『きみどり』は幼い私をときめかせた。。。同じように赤と白を混ぜてできる『ももいろ』。。。そして、とりわけ赤と青を混ぜてできる『むらさき』が一番好きだった。。。

幼い私は、『きみのり』という『きみどり』によく似た名前が不思議でならなかった。。。そして大好きなその友達を『きみどり君』と勝手に呼び始めた。。。そして『きみどり君』の苗字は大好きな『むらさき』と同じ『む』で始まる。。。やがて『むらさききみどり君』と呼ぶようになった。。。彼もそれを喜んだ。。。内気な彼には『きみどり君』より『むらさき君』のほうが似合ってる気がした。。。一番大好きな色。。。一番大好きな友達。。。

こんなことを、ほんの瞬く間に私は思い出したのでした。
『むらさき君』も同様に、私に『むらさき君』と呼ばれた瞬間、すべてを思い出したのかもしれません。
それが証拠に、それまでは確かに初対面同志の会話を続けていたのですから。

無意識に眠っている記憶がまた突然現れてくるのが、待ち遠しくてなりません。




色彩magic
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《モネ夫人とその息子》1874年 油彩・カンヴァス



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この記事へのコメント
なんて素敵な心温まる再会!!
Posted by ひろぴ at 2011年08月23日 14:20
あ、なんだか
めちゃくちゃ感動しちゃった・・・
小さい頃仲良しだったお友達に会えるなんて
素敵すぎ。
しかも大好きだったお友達・・・
小さい頃の記憶は大切な宝物。
Posted by とも at 2011年08月23日 19:52
 
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