森野先生のこと
入学式、覚えてますか?
当時校長であった
森野 宏先生の
式辞、覚えてますか?
独特のよく通る、年齢のわりに若々しいお声で、
森野先生がお話された内容はおよそこんなことだったと思う
新入生のみなさん、入学おめでとう
みなさんは
斐太高校に入学して、喜びと希望に満ちあふれておられる事だろう
だがみなさんは変わらなければならない
飛騨に生まれ育ったあなた方は、ユーカリの葉を食む
『コアラ』のようなものです
しかし今日この日から受験戦争に立ち向かうために
『ライオン』にならねばならない
全国の
『ライオン』との戦いがあなた方を待っているのだから
森野先生の言葉遣いは、これまで接してきた飛騨の大人のそれとは違った
『コアラ』や
『ライオン』も
“koala bear”“lion”と発音された
身が引き締まる思いがした
『コアラベア』はしばらくの間、新入生の間で流行語となったのだった
帰宅して父に森野先生の
式辞を報告したことを、よく覚えている
私の父と
森野先生は旧制斐太中学時代の
同級生である
父が亡くなってしばらく経ったある日のこと
私の職場に
森野先生が訪ねてこられた
そして一冊の
句集をくださった
独特のあの声と口調はそのままだった
「お元気そうでなによりです」という私に、自分は
『飛行機乗り』であったから三半規管が少しだけ調子が悪い、とおっしゃった
訓練飛行で『宙返り』や『きりもみ』をくりかえしたした
少年兵は、三半規管にトラブルを抱える場合が多いのだそうだ
今日、ひさしぶりに先生の
句集を開いて、しばらく読みふけってしまった
父と森野先生の友情に思いをめぐらし
斐太高校の校長としての森野先生を
志願兵であった森野少年を
退官後、句作に熱中しておられる森野先生を思った
校倉に深き闇あり八重桜
森野先生の句である
お元気でいらっしゃいますか?